夫婦は一心同体、夫婦は夫唱婦随。
人間が生きていくというのは、自分以外の人間と何らかの人間関係を結びながら生きていくということになりましょう。
その中でも親子の関係が基本なのかもしれません。
親子関係は、法律的にも、心情的・精神的にもどちらかが死ぬまで継続することになります。
多くの場合、小学校、中学校、高校、専門学校、大学等で、友人関係を結ぶことになります。
子が成長していくことにより、だんだん親子の間にも距離ができてきます。
友人関係でも、どんなに仲がよくても、その間には距離があることに誰も否定はしないでしょう。
人はある程度の年齢になりますと、異性を見つけ、恋愛をし、そして多くの場合結婚をします。結婚をしますとその2人の関係は夫婦という関係になります。
夫婦になりますと、性関係は倫理的にも社会的にも、そして法律的にも正当に認められることになります。いわゆる深い関係を正当に結ぶことができることになります。
子ができたとします。それは夫婦となった2人に新たに親子関係が生まれたことになります。
夫婦は、男性と女性の集まりです。男性と女性というだけで距離がありますね。また、妻も一人の人間、夫も一人の人間、それぞれ独立した人間です。
子ができようができまいが、夫婦はお互いに協力をして家庭を創って行きます。夫と妻が異なる人間だからこそできる技だと考えられます。
お互いに好きで結婚をしたとしても、必ずしも趣味や好みや行動のペースやその他のことが、ほとんど同じということはあり得ないのではないのでしょうか。
付き合いが長くなればなるほど、親子関係も友人関係も、知らず知らずのうちに、お互いに距離を置いているのではないのかと思います。
人間関係の中で、親子関係も特殊なものだと言えるかも知れませんが、夫婦の関係も特殊なものだと言えましょう。
夫婦の関係は、親子関係よりも深いものなのかもしれません。
親子関係は、法律的には絶対になくならないものですが、夫婦の関係は人間が生きていく中で一番深い関係かもしれないにもかかわらず、解消をすることができます。つまり、他人に戻ることができます。
そう、よく考えてみれば、結婚をする前は、夫婦はお互いに他人だったはず。もともと他人である夫婦が、夫婦として結婚生活を永く続けていくことができるのでしょうか。
もし夫婦として最後までいけるとしたら、その夫婦である夫と妻が、互いの距離の取り方を知っていたり、距離のとり方がお互いに似ているからかもしれません。
〔参考〕
夫婦間の暴力(身体的なものも精神的なものも含む)、配偶者を自分の思う通りにしようとすること、配偶者への無関心、思いやりのなさ、他方の配偶者と何でも行動を共にしようとすることなどは、そのようになる背景には様々なものがあるのでしょうが、夫婦間の距離の取り方が間違っていること、距離のとり方が合わないことという観点からも考えることもできるような気がします。